背《そむ》くというのだよ。」
 嬰寧はいった。
「他人に背いても、お祖母《かあ》さんには背かれないわ。それに一緒にいることなんて、あたりまえのことじゃないの、何も隠さなくってもいいじゃないの。」
 王は嬰寧に愚《おろ》かな所のあるのを残念に思ったが、どうすることもできなかった。
 食事がちょうど終った時、王の家の者が二|疋《ひき》の驢《ろば》を曳《ひ》いて王を探しに来た。それは王が家を出た日のことであった。王の母親は王の帰りを待っていたが、あまり帰りが遅いので始めて疑いをおこし、村中を幾日も捜してみたがどこにもいなかった。そこで呉の家へいった。呉はでたらめにいった自分の言葉を思いだして、西南の山の方へいって尋ねてみよと教えた。家の者は幾個かの村を通って始めてここに来たのであった。王は門を出ようとして、その人達に逢ったのであった。王はそこで入っていって老婆に知らし、そのうえ嬰寧を伴《つ》れて帰りたいといった。老婆は喜んでいった。
「私がそう思っていたのは、久しい間のことだよ。ただ私は、遠くへいけないから、お前さんが伴れて、姨《おば》さんに見知らせてくれると、好い都合だよ。」
 そこで老婆は、
「寧子や。」
 といって嬰寧を呼んだ。嬰寧は笑いながらやって来た。老婆は、
「何の喜しいことがあって、いつもそんなに笑うのだよ。笑わないと一人前の人なのだが。」
 といって、目に怒りを見せていった。
「兄さんがお前を伴れていってくれるというから、仕度をなさいよ。」
 老婆はまた使の者に酒や飯を出してから、一行を送りだしたが、その時嬰寧にいった。
「姨《おば》さんの家は田地持ちだから、余計な人も養えるのだよ。あっちにいったなら、どうしても帰ってはいけないよ。すこし詩や礼を教わって、姨さんに事《つか》えるがいい。そして、姨さんに良い旦那をみつけてもらわなくちゃいけないよ。」
 二人は出発して山の凹みにいって振りかえった。ぼんやりではあるが老婆が門に倚《よ》って北の方を見ているのが見えた。やがて二人は王の家へ着いた。母親は美しい女を見て訊いた。
「これはどなた。」
 王は、
「それは姨さんの家の子供ですよ。」
 といった。母親は、
「姨って、いつか呉さんのいったことは、うそですよ。私には姉なんかありませんよ、どうして甥《めい》があるの。」
 といって、嬰寧の方を向いていった。
「ほんと
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