村さんを待つてゐてうつかりしてゐたことが判つて来た。
「行くわよ、」
「何をそんなに考へ込んでるの、昨夜のあの方のこと、」
 それは近くの自動車屋の運転手のことで、お菊さんにはすぐそれと判つた。買つたのか貰つたのか、二三本葉巻を持つて来て、それにあべこべに火を点けながら、俺はこれが好きでね、と云つて喫んだので、二人は店がしまつた後で大笑に笑つたのであつた。
「さうよ、俺は葉巻が好きでね、」
 お菊さんは男の声色を強ひながら、右の指を口の縁へ持つて行つて、煙草を喫むやうな真似をした。
「さうよ、さうよ、」
 と云つてお幸ちやんが笑ひだした。
「なんだい、なんだい、へんなことを云つてるぢやないか、なんのことだい、」
 お幸ちやんと並んでゐた学生の一人がコツプを口にやりながら云つた。
「面白いことよ、これよ、俺はこれが好きでね、何時もあべこべに喫むんだよ、」
 お幸ちやんは笑ひながら右の指を二本、口の縁に持つて行つて煙草を喫む真似をした。
「なんだい、その真似は、何人がそんなことをするんだ、云つてごらんよ、何人だね、」
「運転手のハイカラさんよ、」
「運転手つて、自動車か、」
「さうよ、」

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