]《ほじし》を出すふりをして、その手を斬り落し、翌日血の痕をつけて往くと、大きな猪《いのしし》であったから殺して啖《く》った。この幽怪録の話は、明《みん》の瞿佑《かくゆう》の『剪燈新話《せんとうしんわ》』の中の申陽洞《しんようどう》の記の粉本《ふんぽん》になっている。
またその叢書の『続幽怪録《ぞくゆうかいろく》』の中にある定婚店《じょうこんてん》の話は、赤縄《せきじょう》の縁《えん》の伝説である。韋固《いこ》という者が結婚の事で人に逢う約束があって、朝早く竜興寺《りゅうこうじ》という寺へ往ったところで、一人の老人が階段の上で袋にもたれて物を読んでいた。韋固がそれは何かと云って聞くと、男女の結婚の事を書いたもので、袋の中には赤い縄があるが、その縄で男と女の魂を繋《つな》ぐと、どうしても夫婦になるといった。そこで自分の結婚の事を聞くと、それは調《ととの》わない、君の細君になる女は今年三つで、十七にならんと結婚はできないが、今それは乞食のような野菜売の婆さんに抱かれて、毎日市場へ来ているといった。韋固は忌《いま》いましいので、下男にいいつけて殺しにやった。下男は子供の額《ひたい》に斬りつけて逃げてきたが、後十四年して細君を迎えたところで、その細君は何時《いつ》も花鈿《はなかんざし》を額へ垂らしていた。理《わけ》を聞いてみると、三つの時に兇漢《きょうかん》に刺されて傷があるからだといった。
要するに六朝小説は支那《しな》文学の源泉で、それが小説になり、戯曲になり、詩になり、その流れは『捜神記《そうしんき》』『剪燈新話』『西湖佳話』『聊斎志異《りょうさいしい》』というような怪譚小説になった。秋成の蛇性の婬は『西湖佳話』の飜案であるという事は今もいったが、円朝の怪談で有名な彼《か》の『牡丹燈籠《ぼたんどうろう》』は『剪燈新話』の中の『牡丹燈記』から出たもので、この牡丹燈記の話は、他にもいろいろな話になっている。小泉八雲《こいずみやくも》の怪談の中にある耳なし法師の話も、やはり『牡丹燈記』の変形である。
小泉八雲の怪譚といえば、私の好きなものは狢《むじな》の怪談である。商人が紀《き》の国坂《くにざか》を通っていると娘が泣いている。傍へ往って慰めてやろうとすると娘が顔をあげたが、それは目も鼻もないのっぺら坊であった。商人は顫《ふる》えあがって逃げていると夜鷹蕎麦《よたかそば
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