田中貢太郎

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 二十歳前後のメリヤスの半シヤツの上に毛糸の胴巻をした若衆がよろよろと立ちあがつて、片手を打ち振るやうにして、
「これから、浪花節をやりまアす、皆さん聞いておくんなさい、」
 そして隣のテーブルへ行つて、其所に置いてあつた白い扇を取つて、テーブルの上をバタバタと敲き出した。そのテーブルには会社員らしい洋服を着た男が、前に腰をかけた二人の連と一緒に酒を飲んでゐた。浪花節の若衆の持つた扇はその会社員の持物であつた。
「おい、おい、君、その扇は、今日買つたばかりだよ、どうかお手やはらかに願ひます、」
 店に据ゑた四個のテーブルにゐた客は、浪花節の若衆の持つた白い扇に眼を集めた。
 浪花節の若衆はありたけの声を張りあげて、夢中になつてゐつてゐるので、会社員の言葉などは耳に入らなかつた。彼は遠慮なしにその扇でテーブルを敲き出した。
「困るな、さう敲かれちや、今日買つたばかりだよ、」
 会社員は自分の連の後に立つてゐたお菊さんと云ふ小肥
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