》の生れかわりじゃないのですか」
 女は艶めかしそうに笑った。
「貴郎は、物に怖れない方だから申しますが、私は水仙王の娘で、荷《はす》の花の精でございます、貴郎が情の深いことを知りましたので、こうしてお眼にかかることになりましたが、私は舅《おじ》さんの世話になっております、舅さんは非常に物堅い方ですから、もし舅さんに知られると、もうお眼にかかることができません、どうか舅さんに知られないように、夜そっといらして、朝も早く夜が明けない内に帰ってください」
「舅さんは、どうした方です」
「蟹の王ですよ、今この西湖の判官になっております」
 朝になって寺の鐘が鳴り出したので、彭は急いで起きて帰ってきたが、それから毎晩のように行って朝早く帰った。
 ある朝、二人が寝すごしたところで、女の保姆《うば》が来た。保姆はそれを見るとその足で判官に知らせに行った。それがためにあわてて起きて帰ろうとしていた彭は、判官の捕卒のために縛られてその前へ引き出された。判官は黒い頭巾《ずきん》をつけて緑の袍《ほう》を着ていた。
「曲者をひっ捕えてまいりました」
 捕卒の一人は後退《しりごみ》する彭を判官の前へ引き据えた。彭はどんな目にあわされることかと思って生きた心地《きもち》がしなかった。判官はその容《さま》をにくにくしそうに見おろしていたが、何を考えたのか急に眼を瞠《みは》るとともに急いで堂の上からおりてきた。
「貴君《あなた》は私の恩人だ、これはあいすまんことをした弁解《もうしわけ》がない」
 判官は急いで彭を縛った縄を解いたが、彭にはその意味が判らなかった。
「私はいつか貴君に助けられた者だ」
 彭は女から舅さんは蟹の王であると言われたことを思いだした。彭はふと気が注《つ》いた。彼はある日、友人と二人で南屏《なんびょう》へ遊びに行ったが、帰ってくるとすぐ近くで網を曳いている舟があった。ちょうど網があがったところであったから、どんな魚が捕れるだろうと思って、中腰になって網の中を覗いた。網の中にはおおきな甲羅をした蟹が入っていて、それが紫色の鋏をあげて逃げようとでもするように悶掻《もが》いていた。彼にはこれまで曾《かつ》て一度も見たことのない蟹であった。彼は何かしらそれに神秘を感じたので、放してやろうと思って網舟の傍へ自分の舟を持って行かした。その結果、彭の銭が漁師の手に渡って、漁師の蟹が彭の
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