て》もないので困っております」
と、女は萎れて云った。
「それはお困りでございましょう、貴方は何方からお出でになりました」
「私は浜松在の者でございますが、一人残っておった母に死なれまして、他に身寄りもございませんから、父の妹になる叔母を尋ねてまいった者でございます」
「それでは、その叔母さんの居処がお判りにならないのですな、それはお気の毒な……」と云って、侍は女の容《すがた》をじっと見た。
女は悲しそうな顔をしながらも、さも、この同情にすがりたいと云うような素振をしていた。女の髪につけた油の匂がほんのりと鼻に染みた。
「……それに、もう夜が更けているし、それは困ったな」
と、侍は考えた。
「女子の一人旅では、こんなに遅くなっては、旅籠《はたご》に往っても泊めてくれませんし、ほんとうに困っております」
「そうだ、どうかしなくてはならんが……」
「どうか簷《のき》の下で宜しゅうございますから、今晩だけお泊めなさってくださいますまいか」と、女はきまり悪そうに云った。
若い侍もそれを考えないではなかったが、独身者の処へ壮い女を伴れて往って泊めると云うことは、どうもうしろめたかった。し
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