なっていた。
 侍は戸外《そと》へ飛びだした。そして、隣家の者を呼び、その上で検視を願った。怪しい首は、前日、山屋敷の門口の板橋の袂で切られた罪人の首であった。そして、その罪人と云うのは某《ある》遊女で重罪を犯したもので、春早々死刑になることになっていたが、その遊女が牢屋の口にある桜の花の咲く比《ころ》まで待ってくれと願ったので、それがために昨日まで延びていたものであった。
 侍は検視の前でいろいろと聞かれた。侍はしかたなくその事実を話したが、話しているうちに顔色が変って、
「あれ、あれ、花が散る、花が散る」
 と云って起ちあがって室の戸外《そと》へ出た。人びとは追かけて往って伴れもどしたが、彼は遂に発狂して座敷牢に住わされる事になった。そして、春が来て桜の花の咲く比になると、
「……花が散る、花が散る」
 と云って騒いだ。



底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
   1986(昭和61)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
   1970(昭和45)年初版発行
入力:Hiroshi_O
校正:小林繁雄、門田裕志
2003年7月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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