ていた。
「ああ、眠い、眠い、眠くてしかたがないぞ」
夢心地になって華表の下まで来たところで、もう一歩も歩かれなくなったので、そのまま其処へころりと寝てしまった。
ちょうどその時、二人の旅人が華表の近くへ来て休んでいたが、あまり寒いので、一方の旅人が、
「どうだ、火を焼《た》こうか」
と云うと、一方の旅人も、
「いいだろう」
と云って、さっそく二人で枯枝を集め、腰の燧石《ひうち》で火を出して、それを枯枝に移して暖まりながら話しこんでいるうちに、強い風が吹いて来た。旅人はあわてて、
「こりゃ、いかん」
「燃えひろがっては、たいへんだ」
と云って、二人で火を踏み消そうとしたが、火は消えないでみるみる傍の枯草に燃え移り、それから立木に燃え移った。旅人はますますあわてて、木の枝を折って来て叩き消そうとしたが、火はますます燃えひろがるばかりで、手のつけようがなかった。
「こりゃ、いかん、村の者に見つかったら、たいへんだ」
「そうだ、たいへんだ、逃げよう」
二人はしかたなしに逃げて往った。その時来宮様に使われている雉《きじ》がいた。雉は森へ火の移ったのを見ると、これも旅人以上に驚いて、御殿の前へ往ってはらはらしていたが、神様のことも心配なので、華表の処まで来たところで、来宮様は暢気《のんき》そうに華表の下で鼾《いびき》をかいて眠っていた。雉はまあなんという暢気な神様だろうと呆《あき》れたが、ぐずぐずしていられないので、
「たいへんです、たいへんです、神様、火事です、たいへんです」
と云って狂気《きちがい》のようになって叫んだが、来宮様はいっこうに起きない。火はもう傍へ来て、今にも華表に燃え移りそうになって来た。雉は気が気ではない。
「たいへんです、たいへんです、起きてください、起きてください、神様、火事です、火が燃えつきます、神様」
雉の声がやっと通じたのか、来宮様はううと云うような唸《うなり》声を出した。雉は此処《ここ》ぞと思って、
「起きてください、火事です、火が燃えつきます、たいへんです」
と叫ぶと、来宮様はやっと眠りからさめかけた。
「うう、うう、ううん」
「ううんじゃありません、火事です、たいへんです、起きてください」
「やかましい、たれだ」
「たれもかれもありません、そんなことを云ってる場合じゃありません、起きてください、たいへんです」
「雉か」
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