ていた衣服《きもの》のはしが見えていた。老人は驚いて住職を呼んできた。住職は棺桶の蓋を取った。喬生はまだ生きているような若い女の屍と抱きあうようにして死んでいた。
「この女は奉化州判の符君の女《むすめ》でございますが、今から十二年前、十七の時に亡くなりましたので、かりにここへ置いてありましたが、その後、符君の処では、家をあげて北へ移りましたから、そのままになっておりました」
 住職はそれから女と喬生を西門の外へ葬ったが、その後、雨曇りの日とか月の黒《くら》い晩とかには、牡丹燈を点《つ》けた少女を連れた喬生と麗卿の姿が見えて、それを見た者は重い病気になった。土地の者は懼《おそ》れ戦《おのの》いて、玄妙観へ行って魏法師にこの怪事を祓《はら》うてくれと頼んだ。
「わしの符※[#「竹かんむり/(金+祿のつくり)」、第3水準1−89−79]《かじふだ》は、事が起らん前《さき》なら効があるが、こうなってはなんにもならん、四明山に鉄冠《てっかん》道人という偉い方がおられるから、その方に頼むがいい」
 土地の者は魏法師の言葉に従うて、藤葛《ふじかずら》を攀《よ》じ、渓《たに》を越えて四明山へ行った。四明山の頂上の松の下に小さな草庵があって、一人の老人が几《つくえ》によりかかって坐っていた。草庵の前には童子が丹頂の鶴の世話をしていた。人びとは老人の前へ行って拝《おじぎ》をした。
「わしは、こんな処へ籠っている隠者だから、そんなことはできない、それは何かの聞き違いだろう」
 人びとは玄妙観の魏法師から教えられて来たと言った。
「そうか、わしは、今年で、もう、六十年も山をおりたことはないが、饒舌《おしゃべり》の道士のために、とうとう引っぱり出されるのか」
 道人は鶴の世話をしている童子を呼んで、それを伴《つ》れて山をおりかけたが、鳥の飛ぶようで追いついて行けなかった。人びとがへとへとに疲れてやっと西門外へ行った時には、道人はもう方丈の壇を構えていた。
 やがて道人は壇の上へ坐って符を書いて焚いた。と、三四人の武士がどこからともなしにあらわれてきた。皆黄いろな頭巾を被って、鎧を着、錦の直衣《ひたたれ》を着けて、手に手に長い戟《ほこ》を持っていた。武士は壇の下へきて並んで立った。
「この頃、邪鬼が祟りをして、人民を悩ますから、その者どもを即刻捕えてこい」
 武士は道人の命令を聞いてどことなし
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