かくしているのが恨めしくもあって、とうとう逢って誚《せ》めてやろうと思って扉を叩いた。すると陶が出てきて手をとって曳き入れた。
 見ると荒れた庭の半畝位は皆菊の畦《あぜ》になって小舎の外には空地がなかった。抜き取った跡には別の枝を折って※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]してあった。畦に在る花で佳くないものはなかった、そして、細かにそれを見ると皆自分がいつか抜いて棄てたものであった。陶は内へ入って酒と肴を持ってきて、畦の側に席をかまえ、
「僕は清貧に安んずることができなかったのですが、毎朝幸いにすこしばかりの金が取れますので、酔っていただくことができます」
 と言った。暫くして房《へや》の中から、
「三郎」
 といって呼んだ。陶は、
「はい」
 と返事をして出て往ったが、すぐに立派な肴を出してきた。それは手のこんだ良い料理であった。馬はそこで、
「姉さんは、なぜ結婚しないのですか」
 といって訊いた。陶は答えて言った。
「時機がまだこないのです」
 馬は訊いた。
「いつです」
 陶は言った。
「四十三箇月の後です」
 そこで馬は、
「どういうわけです」
 と訊いたが、陶はただ笑うのみで何も言わなかった。
 二人はそこで歓を尽して別れた。翌日になった。馬はまた陶の所へ往った。新たに※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]してあったのがもう一尺にもなっていた。馬はひどく不思議に思って、
「ぜひ、その作り方を教えてください」
 と言ってしきりに頼んだ。陶は言った。
「これは口で教えることはできないですが、それにあなたは、菊で生計をたてていらっしゃらないから、そんな術はいらないでしょう」
 それから数日して陶の家はやや静かになった。陶はそこで蒲《かば》の莚《むしろ》で菊を包んで、それを数台の車に載せて何所かへ往ったが、翌年の春の中比《なかごろ》になって、南の方からめずらしい種を持って帰ってきた。そこで市中へ花肆《はなみせ》を出して売ると、十日の間に売れてしまった。陶はまた家へ帰って菊を作ったが、客がまた群集した。訊いてみると、去年陶から花を買った者は、その根を残しておいて作ったが、尽《ことごと》くつまらないものとなってしまったので、そこでまた陶から買うことになったのであった。
 それがために陶は日ましに富ん
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