馬が返事をして、とうとういっしょに伴れだって帰ってきた。
 馬の家の南に荒れた圃《はた》があって、そこに椽《たるき》の三四本しかない小舎《こや》があった。陶はよろこんでそこにおって、毎日北の庭へきて馬のために菊の手入れをした。菊の枯れたものがあると、根を抜いてまた植えたが、活きないものはなかった。
 しかし家は貧しいようであった。陶は毎日馬といっしょに飯を喫《く》っていたが、その家の容子《ようす》を見るに煮たきをしないようであった。馬の細君の呂は、これまた陶の姉をかわいがって、おりおり幾升《いくます》かを恵んでやった。陶の姉は幼名を黄英《こうえい》といっていつもよく話をした。黄英は時とすると呂の所へ来ていっしょに裁縫したり糸をつむいだりした。
 陶はある日、馬に言った。
「あなたの家も、もともと豊かでないのに、僕がこうして毎日厄介をかけているのですが、いつまでもこうしてはいられないのです、菊を売って生計《くらし》をたてたいとおもうのですが」
 馬は生れつき片意地な男であった。陶の言葉を聞いてひどく鄙《いやし》んで言った。
「僕は、君は風流の高士で、能《よ》く貧に安んずる人と思ってたが、今そんなことを言うのは、風流をもってあきないとするもので、菊を辱めるというものだね」
 すると陶は笑って言った。
「自分の力で喫ってゆくことは、貪《むさぼ》りじゃあないのです、花を販《う》って、生計をたてることは、俗なことじゃないのです、人はかりそめに富を求めてはならないですが、しかし、また務めて貧を求めなければならないこともないでしょう」
 馬がそれっきり口をきかないので、陶も起って出て往ったが、それから陶は馬の所で寝たり食事をしたりしないようになった。呼びにやるとやっと一度位は来た。その時から陶は馬の棄ててある菊の枝の残りや悪い種のものを悉く拾って往くようになった。
 間もなく菊の花が咲いた。馬は陶の家の門口が市場のようにやかましいのを聞いて、へんに思って往って窺《のぞ》いてみた。そこには市《まち》の人が集まってきて菊の花を買うところであった。そしてその人達が車に載せたり肩に負ったりして帰って往くのが道に続いていた。その花を見るに皆かわり種の珍しいもので、馬のまだ一度も見たことのないものであった。馬は心に陶が金を貪るのを厭《いと》うて絶交しようと思ったが、しかしまたひそかに佳い木を
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