、私に衣食のできるだけのことをしていただければ、それでよろしゅうございます。」
「それでは幾等《いくら》と申すか。」
「千両でよろしゅうございます。」
王は笑っていった。
「たわけ者|奴《め》。この鶉がどれほどの珍宝で、千両の価《ね》があるのじゃ。」
「大王には宝ではございますまいが、私に取っては連城《れんじょう》の璧《たま》でも、これにはおっつかないと思っております。」
「それはどういう理由じゃ。」
「私はこれを持って、毎日市へ出てまいりまして、毎日幾等かの金を取って、それで粟《あわ》を買って、一家十余人が餒《う》えず凍《こご》えずにくらしております。これにうえ越す宝がありましょうか。」
「わしは、くさすではない、あまり法外であるからいったまでじゃ。では二百両とらそう。」
王成は首をふった。
「それはどうも。」
すると王が金を増した。
「ではもう百両とらせようか。」
王成は首をふりながら旅館の主人の方をそっと見た。主人はすましこんでいた。そこで王成はいった。
「大王の仰せでございますから、それでは百両だけ負けましょう。」
王はいった。
「だめじゃ。誰が九百両の金を一羽の鶉と易《か》える者がある。」
王成は鶉を嚢《ふくろ》に入れて帰ろうとした。すると王が呼びかえした。
「鶉売り来い、鶉売り来い。それでは六百両取らそう。承知なら売っていけ、厭ならやめるまでじゃ。」
王成はまた主人の方を見た。主人はまだ自若としていた。王成の望みは満ちあふれるほどであった。王成は早く返事をしないと機会を失って大金をもうけそこなうと思ったので、
「これ位の金で売るのは、まことに苦しゅうございますが、この話がこわれるようなことがありますと、罪を獲《う》ることになりますから、しかたがありません。大王の仰せのままにいたしましょう。」
といって売ることにした。王は喜んで金を秤《はか》って王成に渡した。王成はそれを嚢に入れて礼をいってから外へ出た。外へ出ると主人がうらんでいった。
「わっちがあれほどいってあるじゃないか。なぜ売り急ぎをするのです。もうすこしふんばってるなら八百両になったのですぜ。」
王成は旅館へ帰ると金を案《つくえ》の上へほうりだして、主人に思うだけ取れといったが主人は取らないで、食料だけの金を計算して取った。
王成はそこで旅装を整えて帰り、家に着いてそれまでの経
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