」
主翁はまたべつの茶碗に茶を汲んで来た。
「魔がさしても、茶をおあがりになるなら大丈夫じゃ」
甚六は二杯目の茶を飲むと其処を出たが、こう崇りが大きいと神様の手でもどうすることもできないと見える、この上はフジにあやまって、許してもらうより他に途がないと思いだした。
その夜甚六と女房が行灯のもとで話していると、行灯が自然に浮きあがって室の中を彼方此方と動いて往った。
甚六の家に不思議なことがあると云うことを聞いて、ある人が甚六に教えた。
「どうもそれは、狐か狸の所業《しわざ》らしい、それが来そうな処へ干沙《ひすな》をまいて置けば、足跡がつくから知れるよ」
甚六はその人の云ったように高窓の下へ沙をまいたが、その夜になって窓へ怪しい女の顔が出て、
「私を狐や狸とおもっているのか」と、云って物凄く笑った。
甚六夫婦はいよいよフジの祟りだと云うことを知り、そのあとをきれいに弔ったので怪しいこともやっと無くなった。
底本:「日本の怪談」河出文庫、河出書房新社
1985(昭和60)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年初版発行
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