のじゃないのですか」
阿宝は、
「けっしてだましません」
と固く誓った。孫の鸚鵡は目をみはって何か考えているようであったが、暫くして女が髪を結うために履《くつ》を脱いで牀《ゆか》にあがると、鸚鵡はふいにおりてその履の一つを銜《くわ》えて飛んで往った。阿宝は急いで呼びかえそうとしたが、もう遠くの方へ往ってしまった。そこで女は婆さんの婢《じょちゅう》に言いつけて、孫の家へ履を探しに往かしたが、婆さんが往ってみると、孫はもう寤《さ》めていた。家の者は鸚鵡が繍《ぬい》のある履を銜えてきて、下に堕ちて死んだのを見て不思議に思っていると、孫がやがて生きかえって、
「おい履を取ってくれ」
と言った。家の者がその理由を知るに苦しんでいると、そこへ阿宝の家の婆さんが入ってきて、孫を見て、
「その履は何処にあったのです」
と言った。孫は言った。
「これは阿宝と誓いをした物です、あなたから言ってください、僕はお嬢さんの金諾《きんだく》を忘れないって」
婆さんが帰って往って孫の言ったことを言った。阿宝はますます不思議に思って、わざと婆さんからその容子を母親に話さした。母親はそれを確かめたうえで、
「この人は、評判も悪くはないが、ただ相如《そうじょ》のような貧乏だからね、数年間も婿を選んでいて、そんな貧乏人をもらったとなると、名のある人から笑われるからね」
阿宝は孫に誓っているから決して他へは往かないと言った。阿宝の父親と母親はとうとう女の言葉に従った。
阿宝の父親は孫を入婿にしようかどうかということを評議した。すると阿宝が言った。
「婿は久しく姑《しゅうと》の家にいるものじゃありません、それにあの人は貧乏人ですから、久しくおれば久しくあるほど人に賤《いや》しまれます、私は一旦承知しましたから、小屋がけに甘んじます、藜※[#「くさかんむり/霍」、第3水準1−91−37]《あかざ》のお菜もいといません」
孫はそこで阿宝を親しく迎えて結婚したが、二人は互いに世を隔てて逢った人のように懽《よろこ》んだ。
孫はそれから細君が化粧料として持ってきた金ですこし豊かになった。またいくらか財産もふえたので書物に一生懸命になって、家のことは見向きもしなかった。阿宝はよく貯蓄して、他のことで孫を累《わずら》わさなかった。三年して家はますます富んだが、孫はたちまち糖尿病のような病気になって死んでしまった。阿宝は悲しんで眠りもしなければ食事も摂らないので、皆がいろいろと勧めたけれども、その言葉を用いなかった。そして夜にまぎれて縊死《いし》しようとした。婢が知って急に救けてよみがえらしたがとうとう食事を摂らなかった。
三日過ぎて親類や友人が集まって、孫の死骸を葬ろうとした。と、棺の中からうめき声が聞えてきた。開けてみると孫は活きかえっていた。
「冥王の前へ往ったところが、冥王は僕が平生の誠実を知っておって部曹《ぶそう》にしてくれた、すると人が来て、孫部曹の妻がじきにまいりますと言った、で、王は記録を見て、これはまだ死なす者じゃないと言うと、三日も食べずにおりますからと言った、そこで王は僕の方をふりかえって、汝が妻の節義に感じて、いきかえらしてやると言って、馬に乗せて送りかえしてくれたのだ」
それから孫の体はだんだんと回復した。そのうちに官吏登用試験がきた。孫もそれに応ずることになったが、試験場に入る前にあたって、悪戯の少年達はまた孫をからかって、七つ出ることになっている試験の題になぞらえたものを作り、孫を人のいない所へ伴れて往って話した。
「これは某という家へ賄賂を贈って得たものだから、君にあげるよ」
孫はほんとうにして昼夜いろいろと工夫して七つの文章を作った。少年達は隠《ひそか》に笑いあった。その時試験官は熟《な》れた題では受験者が前人の文章を模倣するの弊があると思って、力《つと》めて変った題を出した。その題は皆孫の作った文章に符合していた。そこで孫は郷試に選ばれ、翌年は進士に挙げられて翰林《かんりん》を授けられた。天子は孫の不思議を聞いて召してお尋ねになった。孫は謹んで申しあげた。天子は非常にお喜びになって、阿宝に拝謁を仰せつけられ、たくさんの下されものがあった。
底本:「中国の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年8月8日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年11月30日発行
※「頸《くび》まで赧《あか》くして、」は、底本では「頸《くび》まで※[#「赤+報のつくり」、130−5]《あか》くして、」でしたが、親本を参照して直しました。
入力:Hiroshi_O
校正:門田裕志、小林繁雄
2003年8月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(
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