夫は斯う云ひながら庭の方に眼を向けた。庭の赤松の傍を京子とすこしも変らない女が駈けて行つた。夫は眼を見張つて抱いてゐる京子の顔を見返した。それでも不思議であるから、又庭の方を見た。駈けて行つた女の姿はもう見えなかつた。京子は夫の手を振り放さうとしてもがき狂うた。

 京子の夫の矢島文学士は、翌日恐怖の塊とも云ふやうになつた京子の体を介抱しながら、東京行の汽車の隅に悄然として腰を掛けてゐた。



底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社
   2003(平成15)年10月22日初版発行
初出:「黒雨集」大阪毎日新聞社
   1923(大正12)年10月25日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2009年8月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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