合さ、」
「でも、夢であんなことがあるんでせうか、今でも口惜しいんですよ、あの奥様をどうかして、赤ん坊を取つて来て、投げつけてやりたいと思つたんですよ、」
「やつぱり体だ、体が好けれや、そんな夢は見ないよ、」
月の表を霧のやうな雲が飛んで沖の方からは強い風が吹いてゐた。砂丘の小松の枝が音を立ててゐた。落松葉が顔にかかつた。砂丘をおりて小川の板橋を渡らうとすると、向ふから渡つて来た人があつた。京子は草の中へ寄つて向ふから来るのを待つてゐた。村の人らしい帽子を冠らない老人であつた。老人は京子の顔をぢつと見た後に砂丘の方へとあがつて行つた。
京子は橋を渡つた。京子の心は緊張してゐた。京子はずんずんと船板の門の中へと這入つて行つた。彼はもう壁の額も茶の間も見ずに夫婦の寝室へと這入つた。細君の寝床には赤ん坊ばかりで細君は見えなかつた。
「厠へでも行つてるだらう、宜い所だ、」
京子はいきなり赤ん坊を抱きあげて寝床の上に坐つた。赤ん坊はすやすやと睡つて覚めなかつた。夫の方のぐうぐうと鳴る寝息が耳に付いた。
「この人質を持つてをれば、女がどんなにしても負けることはない、」
京子は斯う思つて勝
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