校長が應じた。『呉れるにしても五十錢は少し餘計でしたな。』
『それぢやお先に。』と、此木田は皆に會釋した。と見ると、甲田は先刻《さつき》からのムシャクシャで、今何とか言つて此の此木田|父爺《ぢぢい》を取絞《とつち》めるてやらなければ、もうその機會がなくなるやうな氣がして、口を開きかけたが、さて、何と言つて可いか解らなくつて、徒らに目を輝かし、眉をぴり/\さして、そして直ぐに、何有《なあに》、今言はなくても可いと思つた。
 此木田は歸つて行つた。間もなく福富は先刻の葉書を持つて來て甲田の卓に置いて、『年|老《と》つた人は同情がありませんね。』と言つて笑つた。そして讃美歌を歌ひに、オルガンを置いてある一學年の教室へ行つた。今日は何か初めての曲を彈くのだと見えて、同じところを斷々《きれ/″\》に何度も繰返してるのが聞えた。
 それを聞いてゐながら、甲田は、卓の上の葉書を見て、成程あの旅の學生に金を呉れたのは詰らなかつたと思つた。そして、呉れるにしても五十錢は奮發し過ぎたと思つた。



底本:「石川啄木作品集 第二巻」昭和出版社
   1970(昭和45)年11月20日発行
※底本の疑問点の
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