歸つて、母を養はなければならないんです。學校はもう止めです。』
斯う言つて小さい方の左の目を一層小さくして、堅く口を結んだ。學業を中途に止めるのを如何にも殘念に思つてる樣子である。甲田は又此男は嘘を言つてるのではないなと思つた。
『東京にもゐたんですか?』と訊いて見た。
『ゐたんです。K――中學にゐたんです。ところがK――中學は去年閉校したんです。君は知りませんか? 新聞にも出た筈ですよ。』
『さうでしたかねえ。』
『さうですよ。そらア君、あん時の騷ぎつてなかつたねえ。』
『そんなに騷いだんですか?』
『騷ぎましたよ。僕等は學校が無くなつたんだもの。』
そして、色々其時の事を面白さうに話した。然し甲田は別に面白くも思はなかつた。たゞ、東京の學校の騷ぎをこんな處で聞くのが不思議に思はれた。學生は終ひに、K――中學で教頭をしてゐて、自分に目を掛けてくれた某といふ先生が、××中學の校長になつてゐたから、その人を手頼つて××に來た。K――で三年級だつたが、××中學ではその時三年に缺員が無くて二年に入れられた。××でも矢張り新聞配達をしてゐたと話した。
甲田は不圖思ひ出した事があつた。そし
前へ
次へ
全27ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング