たのだ。尤も俺も悪かつた。モ少し何とか優しい事を云つてからでなくちやならん筈だ。余り性急《せつかち》にやつたから悪い。それに今夜は俺が酔つて居た。酔つた上の悪戯《いたづら》と許り思つたのかも知れぬ。何にしても此次だ、今夜は成功しかねたが此次、此次、…………
 だが、モウ五分間アノ儘で居たら? 然う/\、俺が出て来る時何とか云つた。ハテ何だつたらう? ※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《うん》「約束を忘れるな。」か! 「約束」は適切だ。女といふものは一体、男に憎まれる事を嫌ひなものだ。況んや自分の嫌つても居ない男にをやだ。殊に俺は新聞記者だ。新聞記者に憎まれたら最後ぢやないか。幸ひに竹山の奴まだ土地の事情に真暗だ。俺が云ひさへすれや何でも書く。彼奴に書かしたら又素的に捏ね廻して書くからエライ事になる。イヤ待て、待て、若しも、竹山がアノ病院に出入する様になるとしたら、然うだ、矢張一番先に梅野に眼をつけるに違ひない。竹山の下宿は病院の直ぐ前だ。待て/\、此次は明日の晩にしよう。善は急げだ。
 若し小野山さへ来なかつたら、と考へが再《また》同じ所に還る。アノ卓子が無かつたら怎《どう》だ
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