「ウヽ」と聲がしたので、電氣に打たれた樣に、全身の毛を逆立てた。渠の聲が高かつたので、佐久間が夢の中で唸つたのだ。渠は恐しき物を見る樣に、佐久間の寢顏を凝視《みつ》めた。眠れりとも、覺めたりともつかぬ、半ば開いた其眼! 其眼の奧から、誰かしら自分を見て居る。誰かしら自分を見て居る。…………
野村はモウ耐らなくなつて、突然立上つた。「俺は罪人だ、神樣!」と心で叫んで居る。襖を開けたも知らぬ。長火鉢に躓《つまづ》いたも知らぬ。眞暗で誰のだか解らぬが、兎に角下駄らしいものを足に突懸けて、渠は戸外《そと》へ飛出した。
西寺の横の坂を、側目も振らず上つて行く。胸の上に堅く組合せた拳の上に、冷い冷い涙が、頬を傳つてポタリポタリと落つる。「神樣、神樣。」と心は續け樣《ざま》に叫んで居る。坂の上に鋼鐵色の空を劃《かぎ》つた教會の屋根から、今しも登りかけた許りの二十日許りの月が、帽子も冠らぬ渠の頭を斜めに掠めて、後に長い長い影を曳いた。
十二時半頃であつた。
寢る前の平生《いつも》の癖で、竹山は窓を開けて、煖爐《ストーブ》の火氣に鬱した室内の空氣を入代へて居た。闃《げき》とした夜半の街々、片割
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