ざす靈魂の希望とを歌ふといふ序歌だけでも、優に二百行位になる筈なので、渠は此詩の事を考へると、話に聞いただけの(隨つて左程|豪《えら》いとも面白いとも思はなかつた、)ダンテの『神聖喜曲《デイビナコメヂヤ》』にも劣らぬと思ふので、其時は、自分が今こそ恁※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《こんな》釧路あたりの新聞の探訪をしてるけれど、今に見ろ、今に見ろ、といふ樣な氣になる。
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嗚呼々々、大初、萬有《ものみな》の
いまだ象《かたち》を……
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 と、渠は小聲に抑揚《ふし》をつけて讀み出した。が、書いてあるのは唯十二三行しかないので、直ぐに讀終へて了ふ。と繰返して又讀み出す。恁《か》うして渠は、ものゝ三十遍も同じ事を續けた。
 初は、餘念の起るのを妨げようと、凝然《ぢつ》と眉間に皺を寄せて苦い顏をしながら讀んで居たが、十遍、二十遍と繰返してるうちに、何時しか氣も落着いて來て眉が開く。渠は腕組をして、一向に他の事を思ふまいと、詩の事許りに心を集めて居たが、それでも時々、ピクリピクリと痙攣《ひきつけ》が顏に現れる。

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