拭つて腰を据ゑると、今迄顏が熱《ほて》つて居たものと見えて、血が頭から[#「頭から」は底本では「から頭」]スウと下りて行く樣な氣がする。動悸も少ししてゐる。何だ、馬鹿々々しい、俺は怎《どう》して恁《か》う時々、淺間しい馬鹿々々しい事をするだらうと、頻りに自分と云ふものが輕蔑される、…………
止度もなく、自分が淺間しく思はれて來る。限りなく淺間しいものの樣に思はれて來る。顏は忽ち燻《くす》んで、喉がセラセラする程胸が苛立つ。渠は此世に於て、此自蔑の念に襲はれる程厭な事はない。
と、隣室でドサリといふ物音がした。咄嗟の間には、主婦《おかみ》が起きて來るのぢやないかと思つて、ビクリとしたが、唯寢返りをしただけと見えて、立つ氣配《けはひ》もせぬ。ムニヤムニヤと少年が寢言を言ふ聲がする。漸《やつ》と安心すると、動悸が高く胸に打つて居る。
處々裂けた襖、だらしなく吊下つた壁の衣服、煤ばんで雨漏の痕跡《かた》がついた天井、片隅に積んだ自分の夜具からは薄汚い古綿が喰《は》み出してる。ズーッと其等を見※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]す渠の顏には何時しか例の痙攣《ひきつけ》が起つて
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