つて噂があつたんですから、行つて見ましたがねす。』
『成程。』と云つたが、竹山は平日《いつも》の樣に念を入れて聞く風でもなかつた。
『ナーニ、恰度アノ隣の理髮店《とこや》の嚊が、小宮の嚊と仲が惡いので、其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》事を云ひ觸したに過ぎなかつたですよ。』と云つて、輕く「ハッハハハ。」と笑つたが、其實渠は其噂を材料に、幸ひ小宮の家は、一寸有福でもあり、「少くも五圓」には仕ようと思つて、昨日も一度押かけて行つたが、亭主が留守といふので駄目、先刻又行つて、矢張亭主は居ないと云つたが、嚊の奴頻りにそれを辯解してから、何れ又|夫《やど》がお目にかゝつて詳しく申上げるでせうけれどもと云つて、一圓五十錢の紙包を出したのだ。
 これと云ふ話も出なかつたが、渠は頻りに「ねす」を振※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]はして居た。一體渠は同じ岩手縣でも南の方の一ノ関近い生れで、竹山は盛岡よりも北の方に育つたから、南部藩と仙台藩の区別が言語の調子にも明白で、少しも似通つた所がないけれども、同縣人といふ感じが渠をしてよく國訛りを
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