ピリ/\と動いた。何か言はうとする様に、二三度口を蠢《うごめ》かしてチラリ仰向の男を見た目を砂に落す。『同じ事許り繰返していふ様だが、実際|怎《どう》も、肇さんの為方《やりかた》にや困ツて了ふね。無頓着といへば可《いい》のか、向不見《むかうみず》といへば可のか、正々堂々とか赤裸々とか君は云ふけれど、露骨に云へや後前《あとさき》見ずの乱暴だあね。それで通せる世の中なら、何処までも我儘通してゆくも可さ。それも君一人ならだね。彼※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《あんな》に年老《としと》ツた伯母さんを、………………………今迄だツて一日も安心さした事ツて無いんだが、君にや唯《たつた》一人の御母《おつか》さんぢやないか、此以後《このさき》一体|怎《どう》する積りなんだい。昨宵《ゆうべ》もね、母が僕に然《さう》云ふんだ。君が楠野さん所《とこ》へ行ツた後にだね、「肇さんももう二十三と云へや小供でもあるまいに姉さんが什※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》に心配してるんだか、真実《ほんたう》に困ツちまふ」ツてね。実際困ツ了《ちま》ふんだ。君自身ぢや痛快だツたツて云ふが、然し、免職になる様な事を仕出かす者にや、まあ誰だツて同情せんよ。それで此方《こつち》へ来るにしてもだ。何とか先きに手紙でも来れや、職業《くち》の方だツて見付けるに都合が可《いい》んだ。昨日は実際僕|喫驚《びつくり》したぜ。何にも知らずに会社から帰ツて見ると、後藤の肇さんが来てるといふ。何しにツて聞くと、何しに来たのか解らないが、奥で昼寝をしてるツて、妹が君、眼を丸くして居たぜ。』
『彼※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《あんな》大きな眼を丸くしたら、顔一杯だツたらう。』
『君は何時でも人の話を茶にする。』と忠志君は苦り切つた。『君は何時でも其調子だし、怎《どう》せ僕とは全然《まるつきり》性が合はないんだ。幾何《いくら》云ツたツて無駄な事は解ツてるんだが、伯母さんの……………………君の御母さんの事を思へばこそ、不要《いらない》事も云へば、不要心配もするといふもんだ。母も云ツたが、実際君と僕程性の違ツたものは、マア滅多に無いね。』
『性が合はんでも、僕は君の従兄弟《いとこ》だよ。』

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