い》づるかな。

古手紙よ!
あの男とも、五年前は、
かほど親しく交《まじ》はりしかな。

名は何《なん》と言ひけむ。
姓は鈴木なりき。
今はどうして何処《どこ》にゐるらむ。

生れたといふ葉書《はがき》みて、
ひとしきり、
顔をはれやかにしてゐたるかな。

そうれみろ、
あの人も子をこしらへたと、
何か気の済《す》む心地《ここち》にて寝る。

『石川はふびんな奴《やつ》だ。』
ときにかう自分で言ひて、
かなしみてみる。

ドア推《お》してひと足《あし》出《で》れば、
病人の目にはてもなき
長廊下《らうか》かな。

重い荷を下《おろ》したやうな、
気持なりき、
この寝台《ねだい》の上に来《き》ていねしとき。

そんならば生命《いのち》が欲しくないのかと、
医者に言はれて、
だまりし心!

真夜中にふと目がさめて、
わけもなく泣きたくなりて、
蒲団《ふとん》をかぶれる。

話しかけて返事のなきに
よく見れば、
泣いてゐたりき、隣の患者《くわんじや》。

病室の窓にもたれて、
久しぶりに巡査を見たりと、
よろこべるかな。

晴れし日のかなしみの一つ!
病室の窓にもたれて
煙草《たばこ》を味
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