をうれしと思へる。
枕辺《まくらべ》の障子《しやうじ》あけさせて、
空を見る癖《くせ》もつけるかな――
長き病に。
おとなしき家畜のごとき
心となる、
熱やや高き日のたよりなさ。
何か、かう、書いてみたくなりて、
ペンを取りぬ――
花活《はないけ》のあたらしき朝。
放《はな》たれし女のごとく、
わが妻の振舞《ふるま》ふ日なり。
ダリヤを見入る。
あてもなき金《かね》などを待つ思ひかな。
寝つ起きつして、
今日も暮したり。
何もかもいやになりゆく
この気持よ。
思ひ出しては煙草《たばこ》を吸ふなり。
或《あ》る市《まち》にゐし頃の事として、
友の語る
恋がたりに嘘《うそ》の交《まじ》るかなしさ。
ひさしぶりに、
ふと声を出して笑ひてみぬ――
蝿《はひ》の両手を揉《も》むが可笑《をか》しさに。
胸いたむ日のかなしみも、
かをりよき煙草の如《ごと》く、
棄《す》てがたきかな。
何か一つ騒ぎを起してみたかりし、
先刻《さつき》の我を
いとしと思へる。
五歳になる子に、何故《なぜ》ともなく、
ソニヤといふ露西亜名《ロシアな》をつけて、
呼びてはよろこぶ。
*
解《と》けがたき
不和《ふわ》のあひだに身を処《しよ》して、
ひとりかなしく今日も怒《いか》れり。
猫を飼《か》はば、
その猫がまた争《あらそ》ひの種となるらむ、
かなしきわが家《いへ》。
俺《おれ》ひとり下宿屋にやりてくれぬかと、
今日もあやふく、
いひ出《い》でしかな。
ある日、ふと、やまひを忘れ、
牛の啼《な》く真似《まね》をしてみぬ、――
妻子《つまこ》の留守に。
かなしきは我が父!
今日も新聞を読みあきて、
庭に小蟻《こあり》と遊べり。
ただ一人の
をとこの子なる我はかく育てり。
父母もかなしかるらむ。
茶まで断《た》ちて、
わが平復《へいふく》を祈りたまふ
母の今日また何か怒《いか》れる。
今日ひょっと近所の子等《こら》と遊びたくなり、
呼べど来らず。
こころむづかし。
やまひ癒《い》えず、
死なず、
日毎《ひごと》にこころのみ険《けは》しくなれる七八月《ななやつき》かな。
買いおきし
薬つきたる朝に来し
友のなさけの為替《かはせ》のかなしさ。
児を叱れば、
泣いて、寝入りぬ。
口すこしあけし寝顔にさはりてみるか
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