頷いて障子の彼方を指した。
『奥様にお話して、これから直ぐお前さんを伴れてかなけやならないのさ。』
お吉は、お定に取次を頼むも面倒といつた様に、自分で障子に手をかけて、『御免下さいまし。』と言つた儘、中に入つて行つた。お定は台所に立つたなり、右手を胸にあてて奥様とお吉の話を洩れ聞いてゐた。
お吉の言ふ所では、迎への人が今朝着いたといふ事で、昨日上げた許りなのに誠に申訳がないけれど、これから直ぐお定を帰してやつて呉れと、言葉滑らかに願つてゐた。
『それはもう、然ういふ事情なれば、此方で置きたいと言つたつて仕様がない事だし、伴れて帰つても構ひませんけど、』と奥様は言つて『だけどね、漸《やうや》つと昨晩来た許りで、まだ一昼夜にも成らないぢやないかねえ。』
『其処ン所は何ともお申訳がございませんのですが、何分手前共でも迎への人が来ようなどとは、些《ちつ》とも思懸けませんでしたので。』
『それはまあ仕方がありませんさ。だが、郷里《くに》といつても随分遠い所でせう?』
『ええ、ええ、それはもう遙《ずつ》と遠方で、南部の鉄瓶を拵へる所よりも、まだ余程田舎なさうでございます。』
『其※[#「麾」の
前へ
次へ
全82ページ中74ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング