り》として、自分の頬を天鵞絨の襟に擦つて見てゐたが、幽かな微笑《ほほゑみ》を口元に漂はせた儘で、何時しか安らかな眠に入つて了つた。
十
目が覚めると、障子が既に白んで、枕辺《まくらもと》の洋燈は昨晩《よべ》の儘に点いてはゐるけれど、光が鈍く※[#「虫+慈」、159−下−8]々《じじ》と幽かな音を立ててゐる。寝過しはしないかと狼狽《うろた》へて、すぐ寝床から飛起きたが、誰も起きた様子がない。で、昨日まで着てゐた衣服《きもの》は手早く畳んで、萌黄の風呂敷包から、荒い縞の普通着《ふだんぎ》(郷里《くに》では無論普通に着なかつたが)を出して着換へた。帯も紫がかつた繻子《しゆす》ののは畳んで、幅狭い唐縮緬の丸帯を締めた。
奥様が起きて来る気配がしたので、大急ぎに蒲団を押入に入れ、劃《しきり》の障子をあけると、
『早いね。』と奥様が声をかけた。お定は台所の板の間に膝をついてお叩頭《じぎ》をした。
それからお定は吩咐《いひつけ》に随つて、焜炉《こんろ》に炭を入れて、石油を注いで火をおこしたり、縁側の雨戸を繰つたりしたが、
『まだ水を汲んでないぢやないか?』
と言はれて、台所中見廻
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