だす。』と言つて横を向くと、(此時寝返りしたのだらう。)和尚様が廻つて来て、髭の無い顎に手をやつて、丁度髯を撫で下げる様な具合にすると、赤い/\血の様な髭が、延びた/\、臍《へそ》のあたりまで延びた。そして、眼を皿の様に大きくして、『これでもか?』と、怒鳴つた。其時目が覚めた。
 お八重がこれを語り了つてから、二人は何だか気味が悪くなつて来て、暫時《しばらく》意味あり気に目と目を見合せてゐたが、何方《どちら》でも胸に思ふ事は口に出さなかつた。左《さ》う右《か》うしてるうちに、階下《した》では源助が大きな※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]《あくび》をする声がして、軈《やが》てお吉が何か言ふ。五分許り過ぎて誰やら起きた様な気色《けはひ》がしたので、二人も立つて帯を締めた。で、蒲団を畳まうとしたが、お八重は、
『お定さん、昨晩《ゆべな》持つて来た時、此蒲団どア表出して畳まさつてらけすか、裏出して畳まさつてらけすか?』と言ひ出した。
『さあ、何方《どつち》だたべす。』
『何方だたべな。』
『困つたなア。』
『困つたなす。』と、二人は暫時《しばし》、呆然《ぼんやり》立つて目を見合せてゐた
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