、少許《すこし》持つてつて貰ひてえ物が有るがな。』
『何程《なんぼ》でも可《え》えだ。明日ア帰《けえ》り荷だで、行《え》ぐ時ア空馬車|曳《ふ》つぱつて行《え》ぐのだもの。』
『其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》に沢山《たんと》でも無えす。俺等《おら》も明日盛岡さ行ぐども、手さ持つてげば邪魔だです。』
『そんだら、ハア、お前達《めえだち》も馬車さ乗つてつたら可がべせア。』
 二人は又目を見合して、二言三言|諜《しめ》し合つてゐたが、
『でア老爺《おやぢ》な、俺等《おら》も乗せでつて貰ふす。』
『然うして御座《ごぜ》え。唯、巣子《すご》の掛茶屋さ行つたら、盛切酒《もりきりざけ》一杯《いつぺえ》買ふだアぜ。』
『買ふともす。』と、お八重は晴やかに笑つた。
『お定ツ子も行ぐのがえ?』
 お定は一寸|狼狽《うろた》へてお八重の顔を見た。お八重は再《また》笑つて『一人だば淋しだで、お定さんにも行つて貰ふべがと思つてす。』
『ハア、俺ア老人《としより》だで可えが、黒馬《あを》の奴ア怠屈《てえくつ》しねえで喜ぶでヤ。だら、明日《あした》ア早く来て
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