来るが、寝くたれ髪のしどけなさ、起きた許りで脹《はれ》ぼつたくなつてゐる瞼さへ、殊更|艶《なまめ》かしく見える。あの人が行くのだもの、といふ考へが、呆然した頭をハツと明るくした。
『お八重さん、早えなツす。』
『お前《めえ》こそ早えなツす。』と言つて、桶を地面に下した。
『あゝ、まだ虫ア啼いてる!』と、お八重は少し顔を歪めて、後毛を掻上げる。遠く近くで戸を開ける音が聞える。
『決めたす、お八重さん。』
『決めたすか?』と言つたお八重の眼は、急に晴々しく輝いた。『若しもお前行かなかつたら、俺一人|奈何《どう》すべと思つてだつけす。』
『だつてお前怎しても行くべえす?』
『お前も決めたら、一緒に行くのす。』と言つて、お八重は軽く笑つたが、『そだつけ、大変だお定さん、急がねえばならねえす。』
『怎してす?』
『怎してつて、昨晩《ゆべな》聞いたら、源助さん明後日《あさつて》立つで、早く準備《したく》せツてゐたす。』
『明後日?』と、お定は目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つた。
『明後日!』と、お八重も目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]つた。
 二人は暫し互《か
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