「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]処からまあ、よくねえ。』と言つて、『お定や、お定や。』
お定は、怎やら奥様に済まぬ様な気がするので、怖る/\行つて坐ると、お前も聞いた様な事情だから、まだ一昼夜にも成らぬのにお前も本意ないだらうけれども、この内儀さんと一緒に帰つたが可からうと言ふ奥様の話で、お定は唯顔を赤くして堅くなつて聞いてゐたが、軈てお吉に促されて、言葉|寡《すくな》に礼を述べて其家を出た。
戸外へ出ると、お定は直ぐ、
『甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《どんな》人だべ、お内儀さん?』と訊いた。
『いけ好かない奥様だね。』と言つたが、『迎への人かえ? 何とか言つたつけ、それ、忠吉さんとか忠次郎さんとかいふ、禿頭の腹の大《でつ》かい人だよ。』
『忠太ツて言ふべす、そだら。』
『然う/\、其忠太さんさ。面白い語《ことば》な人だねえ。』と言つたが、『来なくても可いのに、お前さん達許り詰らないやね、態々出て来て直ぐ伴れて帰られるなんか。』
『真《ほん》に然うでごあんす。』と、お定は口を噤《つぐ》んで了つた。
稍あつてから再《また》、『お八重さんは怎したべす?』と訊いた。
『お八重さんには新太郎が迎ひに行つたのさ。』
源助の家へ帰ると、お八重はまだ帰つてゐなかつたが、腰までしか無い短い羽織を着た、布袋の様に肥つた忠太|老爺《おやぢ》が、長火鉢に源助と向合つてゐて、お定を見るや否や、突然、
『七日八日見ねえでる間《うち》に、お定ツ子ア遙《ぐつ》と美《え》え女子《をなご》になつた喃《なあ》。』と、四辺構はず高い声で笑つた。
お定は路々、郷里《くに》から迎ひが来たといふのが嬉しい様な、また、其人が自分の嫌ひな忠太と聞いて不満な様な心地もしてゐたのであるが、生れてから十九の今まで毎日々々聞き慣れた郷里《くに》言葉を其儘に聞くと、もう胸の底には不満も何も消えて了つた。
で、忠太は先づ、二人が東京へ逃げたと知れた時に、村では両親初め甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]に驚かされたかを語つて、源助さんの世話になつてるなれば心配はない様なものの、親心といふものは又別なもの、自分も今は急がしい盛りだけれど、強ての頼みを辞《いな》み難く、態々迎ひに来たと語るの
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