讃めた。
 お定はお八重の言ふが儘に、唯温しく返事をしてゐた。
 その後二三日は、新太郎の案内で、忠太の東京見物に費された。お八重お定の二人も、もう仲々來られぬだらうから、よく見て行けと言ふので、毎日其お伴をした。 
 二人は又、お吉に伴れられて行つて、本郷館で些少な土産物をも買ひ整へた。

      一一

 お八重お定の二人が、郷里を出て十二日目の夕、忠太に伴れられて、上野のステイションから歸郷の途に就いた。
 貫通車の三等室、東京以北の總有《あらゆる》國々の訛《なまり》を語る人々を、ぎつしりと詰めた中に、二人は相並んで、布袋の樣な腹をした忠太と向合つてゐた。長い/\プラットフォームに數限りなき掲燈《あかり》が晝の如く輝き初めた時、三人を乘せた列車が緩《ゆる》やかに動き出して、秋の夜の暗を北に一路、刻一刻東京を遠ざかつて行く。
 お八重はいふ迄もなく、お定さへも此時は妙に淋しく名殘惜しくなつて、密々《こそ/\》と其事を語り合つてゐた。此日は二人共庇髮に結つてゐたが、お定の頭にはリボンが無かつた。
 忠太は、棚の上の荷物を氣にして、時々其を見上げ見上げしながら、物珍し相に乘合の人々
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