[#「巾+分」、178−下−14]※[#「巾+税のつくり」、178−下−14]《はんけち》を二枚買つて、一枚はお定に呉れた。何處ともない笑聲、子供の泣く聲もする。とある居酒屋の入口からは、火光《あかり》が眩《まぶし》く洩れて、街路を横さまに白い線を引いてゐたが、蟲の音も憚からぬ醉うた濁聲《だみごゑ》が、時々けたゝましい其店の嬶の笑聲を伴つて、喧嘩でもあるかの樣に一町先までも聞える。二人は其騷々しい聲すらも、なつかしさうに立止つて聞いてゐた。
それでも、二時間も歩いてるうちには、氣の紛れる話もあつて、お八重に別れてスタスタと家路に歸るお定の眼にはに、もう涙が滲んでゐず、胸の中では、東京に着いてから手紙を寄越すべき人をを彼是《あれこれ》と數へてゐた。此村《こゝ》から東京へ百四十五里、其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》事は知らぬ。東京は仙臺といふ所より遠いか近いかそれも知らぬ。唯明日は東京にゆくのだと許り考へてゐる。
枕に就くと、今日位身體も心も急がしかつた事がない樣な氣がして、それでも何となく物足らぬ樣な、心《うら》悲しい樣な、恍乎《ぼ
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