ないかといふ様な、理由もない事を心待ちに待つてゐた様であつた。
軈て一人々々教員室に呼ばれて、それ/″\に誡められたり励まされたりしたが、私は一番後廻しになつた。そして、「お前はまだ年もいかないし、体も弱いから、もう一年二年生で勉強して見ろ。」と言はれて、私は聞えぬ位に「ハイ」と答へて叩頭《おじぎ》をすると、先生は私の頭を撫でて、「お前は余り穏《おとな》し過ぎる。」と言つた、そして卓子の上のお盆から、麦煎餅を三枚取つて下すつたが、私は其時程先生のお慈悲を有難いと思つた事はなかつた。其|室《へや》には、村長様を初め二三人の老人達がまだ残つてゐた。
私は紙に包んだ紅白の餅と麦煎餅を、両手で胸に抱いて、悄々《しをしを》と其処を出て来たが、昇降口まで来ると、唯もう無暗に悲しくなつて、泣きたくなつて了つた。喉まで出懸けた声は辛うじて噛殺したが、先生の有難さ、友達に冷笑《ひやかさ》れる羞かしさ、家へ帰つて何と言つたものだらうといふ様な事を、子供心に考へると、小さい胸は一図に迫つて、涙が留度もなく溢れる。すると、怎して残つてゐたものか、二三人の女生徒が小使室の方から出て来た様子がしたので、私は何
前へ
次へ
全28ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング