同志の男の児が三人あつた。上の二人は四年と三年、末児はまだ学校に上らなかつたが、何れも余り成績が可《よ》くなく、同年輩の近江屋の児等と極く仲が悪かつたが、私の朧気《おぼろげ》に憶えてゐる所では、藤野さんもよく二人の上の児に苛責《いぢめ》られてゐた様であつた。何日か何処かで叩かれてゐるのを見た事もある様だが、それは明瞭《はつきり》しない。唯一度私が小さい桶を担いで、新家の裏の井戸に水汲に行くと、恰度其処の裏門の柱に藤野さんが倚懸《よりかか》つてゐて、一人|潸々《さめざめ》泣いてゐた。怎したのだと私は言葉をかけたが、返事はしないで長い袂の端を前歯で噛んでゐた。さうなると、私は性質としてもう何も言へなくなるので、自分まで妙に涙ぐまれる様な気がして来て、黙つて大柄杓で水を汲んだが、桶を担いで歩き出すと、『新太郎さん。』と呼止められた。
『何す?』
『好い物見せるから。』
『何だす?』
『これ。』と言つて、袂の中から丁寧に、美しい花簪《はなかんざし》を出して見せた。
『綺麗だなす。』
『……………。』
『買つたのすか?』
藤野さんは頭を振る。
『貰つたのすか?』
『阿母《おつか》さんから。』と
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