然と囲炉裏の隅に蹲つて、もう人顔も見えぬ程薄暗くなつた中に、焚火の中へ竹屑を投げ入れては、チロ/\と舌を出す様に燃えて了ふのを余念もなく眺めてゐたが、裏口から細い声で、『新太郎さん、新太郎さん。』と、呼ぶ人がある、私はハツと思ふと、突然《いきなり》土間へ飛び下りて、草履も穿かずに裏口へ駈けて行つた。
藤野さんは唯一人、戸の蔭に身を擦り寄せて立つてゐたが、私を見ると莞爾《につこり》笑つて、『まあ、裸足で。』と、心持眉を顰《しか》めた。そして急がしく袂の中から、何か紙に包んだ物を出して私の手に渡した。
『これ上げるから、一生懸命勉強するツこ。私もするから。』と言ふなり、私は一言も言はずに茫然《ぼんやり》立つてゐたので、すた/\と夕暗の中を走つて行つたが、五六間行くと後ろを振返つて、手を顔の前で左右に動かした。誰にも言ふなといふ事だと気が附いたので、私は頷《うなづ》いて見せると、其儘またすた/\と梨の樹の下を。
紙包の中には、洋紙の帳面が一冊に半分程になつた古鉛筆、淡紅色《ときいろ》メリンスの布片に捲いたのは、鉛で拵へた玩具の懐中時計であつた。
其夜私は、薄暗い手ランプの影で、鉛筆の心
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