つて、表紙の襤褸《ぼろ/\》になつた孝經やら十八史略の端本やらを持つて、茶話ながら高島先生に教はりに行く事などもあつたものだ。
其頃父は三十五六、田舍には稀な程晩婚であつた所爲《せゐ》でもあらうか、私には兄も姉も、妹もなく唯一粒種、剛い言葉一つも懸けるられずに育つた爲めか、背丈《せい》だけは普通であつたけれども、ひよろ/\と痩せ細つてゐて、隨分近所の子供等と一緒に、裸足《はだし》で戸外の遊戯もやるにかゝはらず、怎《どう》したものか顏が蒼白《あを》く、駈競《かけくら》でも相撲でも私に敗ける者は一人も無かつた。隨つて、さうして遊んでゐながらも、時として密《こつそ》り一人で家に歸る事もあつたが、學校に上つてからも其性癖が變らず、樂書をしたり、木柵を潜り抜けたりして先生に叱られる事は人並であつたけれど、兎角卑屈で、寡言《むつつり》で黒板に書いた字を讀めなどと言はれると、直ぐ赤くなつて、俯《うつむ》いて、返事もせず石の如く堅くなつたものだ。自分から進んで學校に入れて貰つたに拘はらず、私は遂學科に興味を有《も》てなかつた。加之《しかのみならず》時には晝休に家へ歸つた儘、人知れず裏の物置に隱れて
前へ
次へ
全29ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング