事もなく富太郎のノッペリした面相《つらつき》が憎らしく、妙な心地で家に歸つた事があつた。
何日《いつ》しか四箇月が過ぎて、七月の末は一學期末の試驗。一番は豐吉、二番は私、藤野さんが三番といふ成績を知らせられて、夏休みが來た。藤野さんは、豐吉に敗けたのが口惜《くやし》いと言つて泣いたと、富太郎が言囃《いひはや》して歩いた事を憶《おぼ》えてゐる。
休暇となれば、友達は皆、本や石盤の置所も忘れて、毎日々々山蔭の用水池に水泳に行くのであつた。私も一寸々々《ちょい/\》一緒に行かぬではなかつたが、怎《どう》してか大抵一人先に歸つて來るので、父の仕事場にしてある店先の板間に、竹屑やら鉋屑の中に腹匍《はらばひ》になつては、汗を流しながら讀本を復習《さらつ》たり、手習をしたりしたものだ。そして又、目的《あて》もなく軒下の日陰に立つて、時々藤野さんの姿の見えるのを待つてゐたものだ。
すると大變な事が起つた。
八月一杯の休暇、其中旬頃とも下旬頃とも解らぬが、それは/\暑い日で、空には雲一片なく、腦天を焙《い》りつける太陽が宛然《まるで》火の樣で、習《そよ》との風も吹かぬから、木といふ木が皆死にか
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