またすた/\と梨の樹の下を。
 紙包の中には、洋紙の帳面が一册に半分程になつた古鉛筆、淡紅色《ときいろ》メリンスの布片《きれ》に捲いたのは、鉛で拵へた玩具の懷中時計であつた。
 其夜私は、薄暗い手ランプの影で、鉛筆の心《しん》を甜めながら、贈物の帳面に、讀本を第一課から四五枚許り、丁寧に謄寫した。私が初めて文字を學ぶ喜びを知つたのは、實に其時であつた。

 人の心といふものは奇妙なものである。二度目の二年生の授業が始まると、私は何といふ事もなく學校に行くのが愉《たのし》くなつて、今迄では飽きて/\仕方のなかつた五十分宛の授業が、他愛もなく過ぎて了ふ樣になつた。竹の鞭で頭を叩かれる事もなくなつた。
 廣い教場の、南と北の壁に黒板が二枚宛、高島先生は急がしさうに其四枚の黒板を※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]つて歩いて教へるのであつたが、二年生は、北の壁の西寄りの黒板に向つて、粗末な机と腰掛を二列に並べてゐた。前方の机に一團になつてゐる女生徒には、無論藤野さんがゐた。 新學年が始まつて三日目かに、私は初めて先生に賞められた。默つて聞いてさへ居れば、先生の教へる事は屹度《きつ
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