たやうですね。』
 多吉は無雑作に路傍の石に腰を掛けた。松子は少し離れて納戸色《おなんどいろ》の傘を杖に蹲《しやが》んだ。
 其処はもうS――村に近い最後の坂の頂《いただき》であつた。二人は幾度か斯うして休んでは、寄路をして遅れた老人《としより》達を待つた。待つても待つても来なかつた。さうして又歩くともなく歩き出して、遂々《たうたう》此処まで来てしまつた。
 日はもう午後五時に近かつた。光の海のやうに明るい雲なき西の空には、燃え落《おつ》る火の玉のやうな晩秋の太陽が、中央山脈の上に低く沈みかけてゐた。顫《ふる》へるやうな弱い光線が斜めに二人の横顔を照した。そして、周匝《あたり》の木々の葉裏にはもう夕暮の陰影《かげ》が宿つて見えた。
 行く時のそれは先方《むかう》にゐるうちに大方癒つてゐたので、二人はさほど疲れてゐなかつた。が、流石に斯うして休んでみると、多吉にも膝から下の充血してゐる事が感じられた。そして頭の中には話すべき何物もなくなつてゐるやうに軽かつた。
 授業の済んだ後、栗が出た、酒が出た、栗飯が出た。そして批評が始つた。然し其の批評は一向にはずまなかつた。それは一つは、思掛けな
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