だらう。」と、多吉は可笑く思つた。が、彼の予期したやうな笑ひは誰の口からも出なかつた。
 稍《やや》あつて雀部は、破れた話を繕ふやうに、
『すると何ですね。私は二番目に死ぬんですね。厭だなあ。あははは。』
『今井さんも今井さんだ。』と、目賀田は不味《まづ》い顔をして言ひ出した。『俺のやうな老人《としより》は死ぬ話は真平《まつぴら》だ。』
 青二才の無礼を憤《いきどほ》る心は充分あつた。
『さう一概に言ふものぢやない、目賀田さん。』雀部は皆の顔を見廻してから言つた。『私は今井さんのやうな人は大好きだ。竹を割つたやうな気性で、何のこだはりが無い。言ひたければ言ふし、食ひたければ食ふし………今時の若い者は斯《か》うでなくては可けない。実に面白い気性だ。』
『そ、そ、さういふ訳ぢやないのさ。雀部さん、貴方《あんた》のやうに言ふと角が立つ。俺《わし》も好きさ。今井さんの気性には俺も惚れてゐる。………たゞ、俺の嫌ひな話が出たから、それで嫌ひだと言つたまでですよ。なあ今井さん、さうですよなあ。』
『全く。』校長が引取つた。『何ももう、何もないのですよ。』
『困つた事になりましたねえ。』
 さう言ふ多吉の言葉を雀部は奪ふやうにして、
『何も困る事はない。………それぢや私の取越苦労でしたなあ。ははは。これこそ墓穴の近くなつた証拠だ。』
『いや、今も雀部さんのお話だつたが、食ひたければ食ひ、言ひたければ言ふといふ事は、これで却々《なかなか》出来ない事でしてねえ。』
 校長は此処から話を新らしくしようとした。
『また麦煎餅の一件ですか?』
 斯う言つて多吉は無邪気な笑ひを洩《もら》した。それにつれて皆笑つた。危く破れんとした平和は何うやら以前《もと》に還つた。
 老人《としより》も若い者も、次の話題の出るのを心に待ちながら歩いた。
 すると、目賀田は後を振向いた。
『今井さん。今日は俺《わし》も煎餅組にして貰ひませうか。飲むと帰途《かへり》が帰途《かへり》だから歩けなくなるかも知れない。』
「勝利は此方にあつた。」と多吉は思つた。そして口に出して、『今日は帽子が無いから可いぢやありませんか?』
『今日は然し麦煎餅ぢやありませんよ。』
 雀部は言葉を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]んだ。
『何でせう?』
『栗ですよ。栗に違ひない。』
『それはまた何故
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