大時計の下に腰掛けてゐる、目のショボ/\した婆樣の膝に凭れてゐた。
 驛員が二三人、驛夫室の入口に倚《よ》つ懸《かゝ》つたり、蹲《しやが》んだりして、時々此方を見ながら、何か小聲に語り合つては、無遠慮に哄《どつ》と笑ふ。靜子はそれを避ける樣に、ズッと端の方の腰掛に腰を掛けた。銘仙矢絣の單衣に、白茶の繻珍の帶も配色がよく、生際の美しい髮を油氣なしのエス卷に結つて、幅廣の鼠のリボンを生温かい風が煽る。化粧《よそほ》つてはゐないが、七難隱す色白に、長い睫毛《まつげ》と恰好のよい鼻、よく整つた顏容《かほだち》で、二十二といふ齡《とし》よりは、誰が目にも二つか三つ若い。それでゐて、何處か恁《か》う落着いた、と言ふよりは寧ろ、沈んだ處のある女だ。
 六月下旬の日射《ひざし》がもう正午《ひる》に近い。山國の空は秋の如く澄んで、姫神山《ひめかみさん》の右の肩に、綿の樣な白雲が一團、彫出《ほりだ》された樣に浮んでゐる。燃ゆる樣な、好摩《かうま》が原の夏草の中を、驀地《まつしぐら》に走つた二條の鐵軌《レール》は、車の軋つた痕に激しく日光を反射して、それに疲れた眼が、※[#「二点しんにょう+向」、第3水準1
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