弟といふ懷しさが先に立つて、政治が日曜毎の訪問を喜ばぬでもなかつた。
何日の間にかパッタリと足が止つた。其間に政治は同僚に捲込まれて酒に親む事を知つた。そして一昨年の秋中尉に昇進してからは、また時々訪ねて來た。然しモウ以前の單純な、素朴な政治ではなかつた。或時は微醺《びくん》を帶びて來て、些々《ちよい/\》擽る樣な事を言つた事もある。又或時は同じ中隊だといふ、生《なま》半可な文學談などをやる若い少尉を伴《つ》れて來て、態と其前で靜子と親しい樣に見せかけた。そして、靜子が次の間へ立つた時、『怎《どう》だ、仲々|美《い》いだらう?』と低い聲で言つたのが襖越しに聞こえた。靜子は心に憤《いきどほ》つてゐた。
昨年の春、母が産後の肥立が惡くて二月も患つた時、看護に歸つて來た儘靜子は再び東京に出なかつた。そして、此六月になつてから、突然政治から結婚の申込みを受けたのだ。
『それで、兄樣は奈何《どう》思つて?』と、靜子は、並んで歩いてゐる信吾の横顏を眤《じつ》と見つめた。
五
『奈何つて言つた所で、問題は頗る簡單だ。』
『然う?』と靜子は兄の顏を覗く樣にする。
『簡單さ。本人が厭
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