作さんの歌を大變賞めてるから、行つて御禮を被仰《おつしやい》よ。』
『フム。家の信吾ぢやないし。』
『え? 信吾さんが?』
『知らない。』
『信吾さんが行くの? マア好い事聞いた。ホホヽヽヽヽ、マア好い事聞いた。』
と、富江は彈《はじ》けた樣に一人で騷いで、
『マア好い事聞いた、信吾さんが智惠子さんの許《とこ》へ行くの。今度逢つたらうんと揶揄《からか》つて上げよう。ホホヽヽ。』
昌作は冷かに其顏を眺めてゐたが、
『可けない/\。其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》話、吉野さんの前なんかで言つちや可けませんぞ。』
『あら、怎《ど》うして?』と忙しい眼づかひをする。
『だつて、詰らないぢやないですか。』
『詰らない? 言ひますよ私。』
『詰らない! 第一吉野さんの前で其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]事が言へますか? 豪い人だ。信吾の友達には全く惜しい人だ。』
『まあ、大層見識が高くなつたのね?』
すると昌作は、忽ち不快な顏をして默つた。
『其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]に豪いの、その方は?』
『時にですな、』と昌作は附かぬ事を言ひ出した。『今日は貴女に用を頼まれて來たんだ。』
『オヤ、誰方から?』
其時小使が駄菓子の袋を恭しく持つて入つて來た。
二
『當てゝ御覽なさい。』と昌作はしたり顏に拗《す》ねる。
其顏を、富江はマジ/\と見てゐたが、小使の出てゆくのを待つて、
『信吾さんから?』
ピクリと昌作の眉が動いた。そして眼鏡の中で急しく瞬きをし乍ら顏を大きく横に振る。
『そんなら、誰方?』
『無論、貴女の知つた人からだ。』と小憎らしく濟したものだ。
『懊《じれ》つたい!』と自暴《やけ》に體を顫はせて、
『よ、誰方《どなた》からつてばさ。』
『ハッハハ、解りませんか?』と、何處までも高く踏んで出る。
『好いわ、もう聞かなくつても。』
『それぢや俺が困る。實はですね。』
『知りません。』
『登記所の山内君からだ。以前貴女から「戀愛詩評釋」といふ書を借りたことがあるさうだ。それを又讀みたいから俺に借りて來て呉れと言ふんですがね。』
『オヤ、何故御自分で被來《いらつしや》らないでせう?』
『だつて寢てるん
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