『兄様、今日は屹度お客様よ。』
『何故?』
『何故でも。』と笑顔を作つて、『ソーラ御覧なさい。』
 その時また鮮かな鳥影が障子を横ざまに飛んだ。
『ハハヽヽ。迷信家だね。事によつたら吉野が今日あたり着くかも知れないがね。』

     (五)の二

『アラ、四五日中にお立ちになるツて昨日のお手紙ぢやなかつたの?』
『然うよ。だが那《あ》の男の予定位アテにならないものは無いんだ。雷みたいな奴よ、雲次第で何時《なんどき》でも鳴り出す……。』
と信吾は其処に腰を下して、
『オイ、此|衣服《きもの》は少し短いんだから、長くして呉れ。』
『然う?』と、静子は解きかけたネルの単衣に尺《ものさし》を用《つか》つて見て、『七寸……六分あるわ。短かなくつてよ、幾何《いくら》電信柱さんでも。』
『否《いや》短い。本人の言ふ事に間違ツコなしだ。ソラ、其処に縫込んだ揚《あげ》があるぢやないか。それ丈《だけ》下して呉れ。』
『だつて兄様、さうすれば九寸位になつてよ。可《いい》わ、そんなら八寸にしときませう。』
『吝《けち》だな。モ少し負けろ。』
『ぢや八寸一分?』
『モット負けろ、気に合はないから着ないツて言
前へ 次へ
全217ページ中86ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング