しい。我知らず熱心になつて、時には自分の考へを言つても見るが、其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]時には、信吾は大袈裟に同感して見せる。帰つた後で考へてみると、男には矢張《やつぱり》気障《きざ》な厭味な事が多い。殊更に自分の歓心を買はうとするところが見える。
『那《ああ》した性質の人だ!』
と智恵子は考へた。
 智恵子を訪ねた日は、大抵その足で信吾は富江を訪ねる。富江は例《いつ》に変らぬ調子で男を迎へる。信吾はニヤ/\心で笑ひ乍ら川崎の家《うち》へ帰る。
 暑気《あつさ》は日一日と酷《きび》しくなつて来た。殊にも今年は雨が少なくて、田といふ田には水が充分でない。日中は家の中《うち》でさへ九十度に上る。
 今朝も朝から雲一つ無く、東向の静子の室の障子が、カツと眩しい朝日を享けて、昼の暑気が思ひやられる。静子は朝餐《あさげ》の後を、母から兄の単衣の縫直しを※[#「口+云」、第3水準1−14−87]咐《いひつか》つて、一人其室に坐つた。
 ちらと鳥影《とりかげ》が其障子に映つた。
『静さん、其|単衣《ひとへ》はね……。』と言ひ乍ら信吾が入つて来た。
『兄様、今日は屹度お客様よ。』
『何故?』
『何故でも。』と笑顔を作つて、『ソーラ御覧なさい。』
 その時また鮮かな鳥影が障子を横ざまに飛んだ。
『ハハヽヽ。迷信家だね。事によつたら吉野が今日あたり着くかも知れないがね。』

     (五)の二

『アラ、四五日中にお立ちになるツて昨日のお手紙ぢやなかつたの?』
『然うよ。だが那《あ》の男の予定位アテにならないものは無いんだ。雷みたいな奴よ、雲次第で何時《なんどき》でも鳴り出す……。』
と信吾は其処に腰を下して、
『オイ、此|衣服《きもの》は少し短いんだから、長くして呉れ。』
『然う?』と、静子は解きかけたネルの単衣に尺《ものさし》を用《つか》つて見て、『七寸……六分あるわ。短かなくつてよ、幾何《いくら》電信柱さんでも。』
『否《いや》短い。本人の言ふ事に間違ツコなしだ。ソラ、其処に縫込んだ揚《あげ》があるぢやないか。それ丈《だけ》下して呉れ。』
『だつて兄様、さうすれば九寸位になつてよ。可《いい》わ、そんなら八寸にしときませう。』
『吝《けち》だな。モ少し負けろ。』
『ぢや八寸一分?』
『モット負けろ、気に合はないから着ないツて言
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