ある。月の初めに子供らを伴れて来た盛岡の叔母が、見知らぬ一人の老人《としより》を伴れて来た。叔母は墓参の為と披露した。連の男は松原家から頼まれて来たのだとは直ぐ知れた。言ふまでもなく静子の縁談の事で。
 父の信之、祖父の勘解由《かげゆ》、母お柳、その三人と松原家の使者《つかひ》とは奥の間で話してゐる。叔母も其席に出た。静子は今更の様に胸が騒ぐ。兄の居ないのが恨めしい。若しや此話から、自分と死んだ浩一との事が吉野に知れはしないかと思ふと、その吉野にも顔を見せたくなかつた。
 室《へや》に籠つたり、台所へ行つたり、庭に出たり、兎角して日も暮れかかつた。信吾はそれでも帰つて来ない。夕方から一緒に盆踊を見に行く筈だつたのだが。
 晩餐の時、媒介者《なかうど》が今夜泊るのだと叔母から話された。信吾は全然《すつかり》暗くなつても帰らぬ。母お柳の勧めで、兄とは町へ行つて逢ふことにして、静子は吉野と共に小妹《いもうと》達や下女を伴れて踊見物に出ることになつた。

     (十一)の二

 恰度《ちやうど》鶴飼橋へ差掛つた時、円い十四日の月がユラ/\と姫神山の上に昇つた。空は雲|一片《ひとつ》なく穏かに晴渡つて、紫深く黝《くろず》んだ岩手山が、歴然《くつきり》と夕照《せきせう》の名残の中に浮んでゐる。
 仄《ほんの》りと暗い中空《なかぞら》には、弱々しい星影が七つ八つ、青びれて瞬いてゐた。月は星を呑んで次第/\に高く上る。町からはモウ太鼓の響が聞え出した。
 たとへ何を言つたとて小妹《いもうと》共には解る筈がない。吉野と肩を並べて歩みを運ぶ静子の心は、言ふ許りなく動悸《ときめ》いてゐた。家には媒介者《なかうど》が来てゐる。松原との縁談は静子の絶対に好まぬ所だ。その話の発落《なりゆき》が恁《か》うして歩いてゐ乍らも心に懸らぬではない。否、それが心に懸ればこそ、静子は種々《いろいろ》の思ひを胸に畳んだ。
『若し此人(吉野)が自分の夫になる人であつたら! 否《いな》、若し此人が現在自分の夫であつたら!』
 月明かに静かな四辺《あたり》の景色と、遠き太鼓の響とは、静子の此|心境《ここち》に適合《ふさは》しかつた。静子は小妹《いもうと》共の罪なき言葉に吉野と声を合して笑ひ乍ら、何がなき心強さと嬉しさを禁ずることが出来なかつた。よし何事が次いで起らなかつたにしても、静子は此夜の心境《ここち》を
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