でもなく、實に予をして僅かに一日の休養さへも意に任せさせぬ忙がしい生活そのものであつた。予はそれだけ予の生活に飽きてゐた、疲れてゐた、憎んでゐた。予は病院の長い、さうして靜かな夜を想像して、一人當分の間其處にこの生活の急追を遁れることが出來ると思つた。
二
素人目で見れば、予の容態はたゞ腹の膨れただけであつた。さうして腹の膨れるといふことは、小さい時友人と競爭で薯汁飯《とろゝめし》を食つた時にもあつたことであつた。たゞそれが長く續いてゐるといふに過ぎなかつた。絶えず壓迫されるといふだけで、痛みは少しも無かつた。この痛みの無いといふことが、予が予の健康の變調を來してゐることを知りつつ、猶且つ友人の一人が來て、これから一緒に大學病院へ行かうといふまでは、左程醫者の必要を感じないでゐた第一の理由であつた。同じ理由から予はまた診察を受けた後でも、既に自分の病人であることを知つてゐて、猶且つ眞に自分を病人と思ふことが出來なかつた。「腹が膨れたから病院に入る。」かういふ文句を四五枚の葉書に書いて見て、一人で可笑しくなつた。この葉書を受取る人も屹度笑ふだらうと思つた。
兆候に依つて
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