軈て健は二階の教室に上つて行く。すると、校長の妻は密乎《こつそり》と其後を跟《つ》けて行つて、教室の外から我が子の叱られてゐるのを立ち聞きする。意氣地なしの校長は校長で、これも我が子の泣いてゐる顏を思ひ浮べながら、明日の教案を書く……
 健が殊更校長の子に嚴しく當るのは、其兒が人一倍|惡戲《わるさ》に長《た》て、横着で、時にはその先生が危ぶまれる樣な事まで爲出かす爲めには違ひないが、一つは渠の性質に、其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]事をして或る感情の滿足を求めると言つた樣な點があるのと、又、然うする方が他の生徒を取締る上に都合の好い爲めでもあつた。渠が忠一を虐《いじ》めることが嚴しければ嚴しい程、他の生徒は渠を偉い教師の樣に思つた。
 そして、女教師の孝子にも、健の其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]行動が何がなしに快く思はれた。時には孝子自身も、人のゐない處へ忠一を呼んで、手嚴しく譴《たしな》めてやることがある。それは孝子にとつても或る滿足であつた。
 孝子は半年前に此學校に轉任して來てから、日一日と經つ
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